会長挨拶

更新:2016年6月27日




2016年5月29日

日本文化人類学会会長(第27期) 松田 素二
会長就任にあたって

 第27期の会長をつとめることになりました松田です。これからの二年間(短いようで長い時間になりそうですが)、理事会の仲間とともにベストを尽くしたいと思いますので、会員のみなさまのご指導とご支援を心からお願いします。

  会長就任にあたってお伝えしたいことがあります。一つは、会員のみなさまに直接関わる学会の大きな変化についてです。それはこの間数期にわたって検討されてきた懸案事項でもあります。

  第一は、先日の総会で承認された「会費改訂」です。本学会の会費(通常会費8000円、学生割引会費5000円)は30年以上現行の体系を維持してきましたが、この10年間ほとんどの年度で単年度の経常収支は赤字でした。そこで前期理事会において会費改訂についての具体的な検討がなされたのです(この間の事情と改定の必要性については、関根前会長からの詳しい説明がホームページや『文化人類学』80巻4号に掲載されています)。検討のポイントは、赤字予算を組まずに事業を持続的に遂行可能にすること、会員の高齢化に対応し年金生活にはいった会員の経済状態および増大するポスドクや常勤職にない会員の不安定な経済状態を考慮すること、でした。それにしたがって、まずこれまで学生に対して行ってきた割引会費制度にかえて、上記の経済状態にある年収300万以下の会員を減額対象会員として新たに定め、そのうえで、通常会費を3種類、減額対象会員の会費を4種類にわけて収入予想のシミュレーション(値上げに伴い納入停止や脱会するだろう会員の比率も含めて)を行いました。ちなみに減額対象会員は、全会員の約三分の一を占めます。

 こうして通常会費11000円、減額対象会員には6000円という新しい会費制度をお願いすることになり、先日の評議員会、総会で承認されました。必要やむをえないこととはいえ、値上げのお願いはたいへん心苦しいことです。学会誌での会長からのお願いのあと、会員の方からいくつかのコメントが寄せられました。なかには一月800円ずつ貯めて一年間で会費を捻出してなんとか学会員にとどまってきたという悲痛な思いもいただきました。今回はこうした会員の方には会費減額になるのですが、新体系の運用にあたっては総会・評議員会で指摘されたような乗り越えるべき、あるいはさらに検討すべきハードルがいくつもあります。会員のみなさまのご助言をいただきながら進んでいきたいと思います。

 第二の変化は、「学会法人化」についてです。今期までの数年にわたる理事会での議論をへて、「本学会を一般社団法人化する」という方向で現在検討を進めています。「法人化」は学会組織を現代の「オーディット」文化のなかで企業組織のようにすることでもあります。それについては様々な見解があるでしょう。しかしながら、昨今の社会状況のなかで、会員2000名、2000万の収入の組織が「任意団体」のままで運営をつづけるのは困難になっていることも確かです。会長が代わるごとに通帳を作り直し、学会として申請し受給する科研なども会長個人名の口座に払い込まれるという状況は、会計処理上、適切とはいえません。ただ、「法人化」は、これまでの学会の意志決定やそれに対する会員の関与のあり方に大きな変化をもたらすことも間違いありません。そこで今期では一年(来年度の学術大会における総会まで)をかけて、状況と理事会の判断をホームページなどで公開し、会員のみなさまからひろくご意見を求める予定です。これについてもみなさまのご協力をお願いする次第です。

 第三の変化は、国際化に対応して英文誌『Japanese Review of Cultural Anthropology』をこれまでの年一冊から年二冊にすることです。これについては今年度から学術振興会の「国際情報発信強化」のための科研費補助金を5年間獲得しています。これは大きな変化であるとともに、たいへんしんどいことでもあります。ご承知のように、年一冊刊行であっても歴代の編集委員会は「掲載原稿の確保」に四苦八苦してきたからです。JRCAの「投稿に関するお知らせ」という文章が学会ホームページにも載っていますが、会員のみなさまが国際学会や研究集会で報告された原稿などを、ぜひこの機会にJRCAに投稿してくださるよう切にお願いします。またこうした変化にあわせて、JRCAの投稿権の拡張についても検討を進めています。こうした作業は本学会の国際化グローバル化への一つの対応ですが、これについても批判的見解も含めてみなさまからのご意見をちょうだいできればと思います。

 第四の変化は、和文誌『文化人類学』のリニューアルです。第81巻1号からは毎号、会員の方が撮影したフィールドの写真をもとにした表紙に変更されます。これも前期『文化人類学』編集委員会の努力と日本有数のグラフィック・デザイナー、工藤強勝さんの文化人類学への強い共感と支援による成果です。この外形的なリニューアルにあわせて、いまの、そしてこれからの文化人類学が目に見えてくるように中味もみなさまとともに創造していきたいと考えています。

 ここまでが、今、私達が学会として直面している課題についての説明とお願いです。ここからは、今、学会について私が個人的に考えていることを述べます。

 基本的に、学会活動は個々の会員の人類学的活動の集積ですが、今期の会長として考えていることは以下の二点です。一つは単純なことです。それは、できるだけ若手中堅の会員が学会活動の中軸に参与できるような体制を整えることです。たとえば本学会を代表して関連学会に参加報告したり、本学会の公式行事としての公開講演会を組織運営したり、さまざまな委員会活動で中心的な役割を果たしたりすることなどはその一例でしょう。もう一つは、それと連動して文化人類学をいっそう「複数化」「多中心化」することです。それは現代人類学のウイングを拡げることでもあるでしょうし、現代世界との接点をしっかりと確保することでもあります。以前、北米西欧的思考に基づくAnthropologyに対して、それを相対化する世界の各社会の複数の人類学anthropologiesが強調されたことがありましたが、今日ではこうした相対化する想像力の様式自体さえグローバル基準化されたり、各社会各地域の人類学が独自のアイデンティティを誇張したりする錯綜した混沌状況が出現しています。こうした現状のなかでは、よりラディカルな複数化と多中心化が求められているように思われます。それはいかなるレベルであれ人類学という学問分野を固定してそれに忠誠心を抱くことを求める方向とは正反対のものです。

  私がこのような考え方をするようになったのは、私自身の人類学との出会いが関係しているのかもしれません。私自身、人類学の本格的なトレーニングを受けたことはなく、人類学者としての強固なアイデンティティももつことはなかったように思います。ただ初めて東アフリカでフィールドワークをしはじめた1970年代末から1980年代にかけて、この地域には多くの卓越した日本の人類学者がそれぞれのユニークなスタイルで百家争鳴的な人類学的営為を実践していました。長島信弘さん、松園万亀雄さん、中林伸浩さん、阿部年晴さん、上田将・冨士子さん、日野俊也さん、富川盛道さん、米山俊直さん、福井勝義さんなどの文化人類学者たちです。ほかにも伊谷純一郎さんたちの生態人類学チームや、ヒヒやシマウマ、さらにはシロアリの研究者も熱心にフィールドワークをしていました。私は彼らのフィールドにお邪魔してフィールドワークを参観させてもらうという、今から思えばとんでもなく迷惑な押しかけをするなかで、人類学的営為の魅力とともに、そのラディカルな複数性と豊饒な異質性を実感したのでした。欧米の人類学の主要な潮流の紹介や批判という知的「ゲーム」とはまったく別の次元にある、人類学的実践の柔軟でダイナミックな可能性にふれた私は、以後、人類学者を志すようになりました。

  20代から30代のときに実感したこうした人類学の魅力を、今日という時代のなかで、少しでも自分自身が実感できるような学会運営ができればと夢想しています。

会員のみなさまからの忌憚のないご批判とご助言をお願いできれば幸いです。

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